ソビエトを崩壊に追い込んだニクソンの長期世界戦略(3) -冷戦の終結

一方、アメリカと闘う北ベトナムを
後方から支援する一方で
そのアメリカに、大量の穀物を発注した
ソビエトのブレジネフであるが
ニクソンのそのような戦略に
まったく気づかなかったとは考えにくい

現に、すでに北ベトナム軍が、
大量のソビエト製の戦車、ミサイルを
有している写真が公開されているにもかかわらず
ニクソンが、72年に訪ソしたときには、
「我々は、北ベトナムになんの援助も
 しておりません。」

と断言したくらいである。

おそらく、ブレジネフ自身、
連邦の余命も長くないことを
うすうす感じていたのではないか。

いずれにしろ、この年から
ソビエトが崩壊するまで、
10数年にわたって、ソビエトの
アメリカからの穀物輸入は続く。

これが容易に実現した要因としては
73年のオイルショックによって、
産油国であるソビエトが一時的に
潤ったことによる

しかし、石油で潤った外貨の80%を
穀物の輸入に当てていた所をみると
当時のソ連の農業事情は、
最悪だったということになる。

くわえて、一度、大量の食物を
海外に依存するという体制ができてしまうと
そう簡単に、元に戻すことができない。

資本主義国から輸入した作物が
自国産よりもはるかに
優秀だということを知った時の
ソ連の農民のショックは
いかばかりであったろうか。

しかし、そうそう事はうまくゆかない。
石油価格が、73年のショック以降、
じわじわと下落を始め、
ついにはかつての利潤が
まったくでない状況に
なってしまった。

一方、穀物価格の方はあがりこそすれ
下がることはないわけで、
ソビエトは一転、外貨不足で
窮地に陥ってしまう。

それでも穀物輸出をやめる訳にはいかない
食料の不足は古来から紛争の元である

いきおい、アメリカに対して
頭があがらなくなる。
アメリカの外交攻勢に対し
譲歩に譲歩を重ねるようになる。

農産物不足に債務の超過が加わると
東欧諸国やベトナム、キューバなどの
世界中の社会主義国に対して、
それまでの経済がまったく
できなくなってしまい、
連邦のいたるところで不満が蔓延し
いつ爆発してもおかしくない状況になる

たまりかねた当時のソビエト政府は、
貨幣増刷を実施したが、
これによって価格は数年で100%の
インフレが発生し、経済はガタガタになる。

かつてスターリンが、唱えた膨張政策、
それがしだいに重荷になってゆく。

そういう状況で登場したゴルバチョフは、
その膨張政策の一部を開放し、
少しでも本体であるロシアの負担を
軽くすることだった。

しかし、ダムの壁に開いた小さな穴が
溢れる水を抑えることができないように、
瞬く間に、連邦は崩壊してゆく

すべては、ニクソンの穀物輸出政策が
端を開いた結果であった。
かつて東西に別れて半世紀、続いた
両陣営の冷戦は、
ニクソンという稀代の戦略家によって
ここに終焉したのだった

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