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zoom RSS ニクソンVSアメリカ世論−ベトナム戦争の泥沼に足を踏み入れた大統領

<<   作成日時 : 2009/11/18 23:29   >>

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69年に大統領就任後の
ニクソンに課せられたベトナム問題は、
結局、彼の2期目の途中退位まで
常に先の見えない難問として
彼に付きまとって離れることはなかった。

しかも、彼にベトナムの件で
示唆のある助言をする人もいなかった。

彼が就任した時、戦争はすでに
泥沼化しており、
これに関して有効な手立ては
ほとんど見当たらない状況だった。

就任直後、ヨーロッパを訪問した際
ニクソンは、ベトナム戦争の発端の
当事国であるフランスを訪れ、
ドゴール首相と会談する。
ここで、ニクソンがドゴールに
ベトナムの件を持ち出すと

「私に何を求めているのですか?
私があなたの立場だったら、私がどうするか
聞きたいのですか?
でも、私はあなたの立場に
いないのですよ」
what is it you expect me to do?
Do you want me to tell you
what I would do if
I were in your place?
But,I am not in your place.

といいながらも、
アメリカは強大な国だから、
何も心配することはないはずだ、と
暗にベトナムでの戦いの強化を
焚きつけてくる。

ニクソンの最大の試練は、
カンボジア侵攻時に訪れた。

ニクソンは、北部勢力の本拠地が
カンボジアであることを知り、
ここに大規模な空爆を行うことを
決定したときには

たまたま愛娘の卒業式で、
彼女は両親の出席を
楽しみにしていたのだが、
SSからの要請により
大規模な抗議のデモ隊が
予想されるとのことで
欠席しなければならなくなり、
娘を悲しませる。

「あなたは、大統領かもしれない。
でもあなたは、彼女の父親だ。
父親は娘の卒業式に出席すべき
ではないのかね!」

You may be President,but
you're her father,
and a father shoud be able to
attend his daighter's graduation.!
(友人の議員、T・アグニュー)

「私は、娘の涙に心を痛めたが、
同席する生徒やその両親の方々に
迷惑をかけることを憂慮し、
出席をとりやめるしかなかった。」

(ニクソン)

このころは、世論はすでに
ベトナム戦争に否定的であり、
マスコミ自体が反対側に
なっており、これを背景に
各地でのデモは大規模になり、
しだいに暴力化する傾向にあった。

ニクソン自身、身の危険を
感じた時期でもある。

ホワイト・ハウスにも
反戦の風はあちこちに吹き
政策を嫌って辞職する人が
少なくなかった。

ニクソンの参謀として高名な
キッシンジャー国務長官にも
さまざまな批判が浴びせられた。

彼のスタッフが、
次々とやめて行ったが、
彼がもっともこたえたのは、
彼のハーナード時代の
同僚からの手紙で、
彼らは、キッシンジャーに
良識を示すために
国務長官を辞職することを
薦めてきたことだった。

ニクソンは、就任して1年もたたずに
最大の試練に立たされたのだった。


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