人生は999ラウンド

アクセスカウンタ

zoom RSS 「生」を否定する者は「生」によって否定される−「元寇」以後のモンゴル帝国を襲った異常気象

<<   作成日時 : 2012/11/05 22:32   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 1

元が10余万の兵を動員して実施した
第2次日本遠征は、
第1次と同様、惨憺たる結果に終わったが
首長であるフビライは、
これも天災に遭遇しただけの事と理解し
更なる第3次遠征を計画する。

しかしこれは、遂に実現しなかった

元が支配していた当時の中国は
宋を滅亡された直後に
日本遠征のために
3500隻の造船を強要され
元の支配に大きな不満を持っていたが、
これが終了した直後に
さらに3次遠征のための
造船計画を持ち出され

その多大な犠牲に民衆の怒りが爆発し
中国各地で一揆が発生することになった
当初、フビライはこれを軽視していたが
それが、一時的なものでなく
各地で暴動のような状況になるに及び
慌てて軍隊を派遣して
これを鎮圧せざるをえなくなった

さらに元は以前から南アジアのベトナムに
何度も帰属するよう求めていたが、
これが一向にその気配もないので
遂に大規模な軍隊を差し向けることになった

この戦いは、ベトナムの巧妙な軍略によって
長期化するばかりでまったく勝利できず
何度かの出兵の後に
ついにベトナム支配を放棄する結果となった
(何か、60年代のアメリカとの戦争を
想起するものがあるが)

これに加えて元の出発点である
西域において各地域を支配していた親族が
フビライに対して謀反を起こす
という事件が頻発するようになり
この鎮圧のために出兵を余儀なくされるなど

とても日本遠征どころではなかった

しかしフビライは、
飽くことなく日本遠征を計画し
実際に造船計画を立てる所まで
行ったこともあるが、
その都度、上記のような
抜き差しならぬ状況が発生し
これを中止せざるをえなかったのである。

しかしフビライの日本への執着は
彼が80歳でこの世を去るまで
決して消え入ることはなかった

実際、彼が死ぬ前年において
日本遠征について
協議した記録が残っている。

第1回遠征の計画1273年から数えて
実に20年に渡って日本への侵略を
あきらめることのなかった
フビライという人の
執念には驚かざるをえない


ところでチンギス・ハンが領土を拡大し
これを継承したフビライが
世界的な規模で達成したモンゴル帝国も
フビライの死後、急速に崩壊へと転じてゆく

しかも、フビライが没したのが1294年
その後、何代かの君主が現われたが
いずれも短命の在位であり、

紅巾の乱の首謀者である朱元璋が
蒙古の君主を大都から放逐し、
ここに明朝を開いたのが1368年
一世紀も経たずに、
元は滅んでしまう


一体、あの大帝国がなぜ
これほどに短命だったのか?

一般的には中国を始めとする被征服民の抵抗と
広大な領地を有したモンゴルの
支配者同士の激しい抗争によるもの
というのがその原因とされる

しかし、1300年頃から
モンゴル帝国は
いまだかつて思いもよらない
敵に翻弄されていた

それは現在でいうところの
異常気象である


フビライが没してまもなく
ユーラシア大陸全域が
気象学でいうところの小氷河期に入った

気温がしだいに低下したのをはじめ
長雨、冷夏、地震、洪水などの
天災が次々と帝国を襲う

かつての帝国の発祥地である
西域は、まさに不毛の地となり
加えて原因不明の伝染病が蔓延する

豊かな恵みを近隣に与え続けてきた
黄河では大規模な洪水が頻発し
当初、これを修復するのに数十万の
人民がが駆り出されたが

幾度となく洪水が繰り返されるため
しまいには放置せざるを得ず
海上の大動脈とされてきた
この大河の近隣の地域は
完全に荒廃してしまう

絶え間なく続く冷夏によって
穀物は不作を極め
帝国のいたるところで飢餓が発生し
このため中国の人民は
支配者への不満を爆発させて
反乱を起こし
西域やかつてのモンゴルに住む
人人は、食料を求めて高麗や
兄弟国である元に反旗を翻す


気象学の資料によれば、
当時のユーラシアを襲った
この異常気象は、
およそほぼ50年間続いたのである


時期にして本格的な気象の変動が
始まったのが1310年頃、
その後1340年頃に激しさをましながら
およぞ1360年頃まで
異常気象が続いたわけで

これは元がしだいにその求心力を失い
崩壊してゆく時期にぴたりと重なっている

かつてモンゴルは
近隣諸国を支配下に置く過程で
無数の殺戮を行い
多くの文化の伝統を断絶させた

これは「生」そのものの否定に他ならない

「生」を否定して、建設された国家が
「生」そのものを育む大地から
復讐を受けたという印象がある


けだしそういう帝国が
長期の繁栄をするという事は
ありえないと小生は考えるものである。

ただ仮に
現時点で当時のように
50年もの長きに渡って
冷害が続いたとしたならば
現在の文明社会は、
果たしてこれに耐えられるのだろうか?

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 8
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
人を尊重しない文化は長続きしないということですね。日本は今、自分たちを見直す時期に来ていると思います。私たち一人一人がその立役者ということですね。
k1sh
2013/03/20 17:54

コメントする help

ニックネーム
本 文
「生」を否定する者は「生」によって否定される−「元寇」以後のモンゴル帝国を襲った異常気象 人生は999ラウンド/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる