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zoom RSS 139対91:徹底した実証主義から精神性へ(宮本武蔵)

<<   作成日時 : 2012/09/01 10:22   >>

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今回のロンドンオリンピックで、
日本は13の競技種目において幅広くメダルを獲得した。
アーチェリー、卓球、男子ボクシング、同レスリング、
バドミントン、競泳、フェッシング・・・

バドミントンや卓球などは、史上初のメダルであり、
男子レスリングやバレーなど、
何十年ぶりという画期的なメダルもあった。
また、以前、アメリカなどの強国に対して
まったく歯が立たなかった競泳において
11個のメダルを獲得するなど、
日本人のレベルも、世界に伍してきた
という思いが強かった

彼らの闘いぶりを見ていて感じるのは
緊張とプレッシャーを越えて
伸び伸びと競技しているということだった

いっぽう、柔道においては
世界中から集まってくる選手の質が
どの選手も一様にレベルが高く
この日本生まれの競技が
今や世界スポーツになっていることを
痛感させられる一方、
日本の選手が非常に固くなり
なかなかメダルを取ることができない
という現実もあった。

このことについて山下泰裕氏は、

「研究が足りなかったのではないか?」

ときびしい意見を書いておられたが、
それは、言い換えれば、
鍛錬自体が足りなかったのではないか
という風に解釈される

これは柔道ではないが
やはりメダルにまで達しなかった
女子マラソンの解説で、有森裕子氏が語っていたことだが

・・・確かに今の選手の方々は
決められたメニューの練習はこなしてきているんです。
しかし、高橋尚子、野口みずきといった
かつて金メダルを取った人達の練習量が
どれほどの物かというと、
それはおそらく無限に近いのではないかと思うのです

・・・・・・・

相手を研究するということ、
それは相手といっても一人や二人ではないはずで
複数の対象を研究しその弱点を押さえ、
対応策を練るというのは、
同時に自分の弱点を克服することでもあり
当然、そこには無限に近い練習量が
要求されるということである

女子78kg超級で優勝したキューバの
イダリス・オルティスという選手はまさに
それを証明した一人だった。

準決勝での中国の佟文(トウブン)との試合

佟文はここ数年、負けなしの圧倒的な強豪で
世界最強の名をほしいままにしていたのだが
このオルテイスという選手は、彼女に一歩も引くことなく、
彼女の得意技の巻き込みをするりとかわし、
逆に返し技で技ありを取ってしまう

その後も佟文は、何度も技を仕掛けるが
ことごとく返され、手も足もでない。

オルテイスの場合、外人には珍しく重心が低く
その強靭な腰と脚は、礎石のごとくであるが
体の細かい動きは非常に柔らかく
くわえて佟文との対戦にあたっては、
彼女のすべてを知り尽くしていて、
完璧な対応策を確立し、それを実現するために
相当の鍛錬が行われたことが伺える

佟文は焦りに焦り、
試合開始時には、自信満々だったその表情も
後半には見るも哀れなほどに疲労、憔悴しきってしまい、
自身の巨体をもてあそぶという有様であるが
相手のオルテイスという選手は、
逆に、異常なまでに沈着で、
まったく顔色ひとつ変えない

くわえて、しだいにその全身から
何か人を寄せ付けないような
別格的な精神性と風格さえ漂わせてくる
キューバ人でありながら、
日本古来の武道家を見る思いがする


・・・・・・・・・・・・・・・・・

宮本武蔵という人は、その生涯において
60回以上の果たし合いを行い
一度も負けることのなかった剣豪であるが
同時に類稀な軍略、戦略家でもあった

その才能は後年、九州、細川藩の客分として
仕えた折に発揮されることになるのだが

かの高名な巌流島での
佐々木小次郎との対戦においても、
既に武蔵の戦略家としての面目が、躍如としている

まず、あの開始時間の遅刻
決められた時間は午前7時
小次郎は既に時間前に到着したが
武蔵がやってきたのは午前9時半

2時間半の遅刻である。

これを小次郎の気持ちを苛つかせる
武蔵の戦略だというのが一般であるが
もうひとつ、理由がある

彼が泊まり宿の主人から船の櫂を入手し
これを島へ渡る舟の上で、
削っていたというのは史実ではなく、
櫂はすでに出発前に削り終えている。

武蔵は、舟の上では、5月半ばにもかかわらず
厚い綿入れを肩に掛けて横に伏せていたのである。


これは何を意味するのか?

潮風に当たりすぎると筋肉がこわばって
急激な動作に対応できないということを
彼は知っていたのである。

(このため現在でも、野球の投手といわれる方々は
シーズン中は、海に近づかない)
一方、小次郎は痺れを切らしながら、
2時間半も、潮風に当たっていた。
(武蔵の剣士というよりも
策士としての一面を見る思いがする)

次にその武器として使われた櫂である。
これは、長さ1m39cmという長大なものであり、
小次郎が愛用していた「物干し竿」と
酷評されていた長剣でさえ
91cmであることを考えれば
武蔵の用意した武器は、異様なほどに長い
握る位置を考えたにしても
小次郎よりは優に、30cmのリーチがある


しかも武蔵は巌流島についた瞬間から
櫂を後手に斜めに構え、
相手にその長さを知られないように配慮する

しかし、これでさえ決して安全ではなかった

小次郎の攻撃によって、
武蔵は額の手拭を切り落とされている
これは小次郎のリーチが十分だったことを示すが
これは小次郎にしてみれば初動にすぎない。

小次郎の秘術「燕返し」は、
一度、振り下ろされた剣を、さらに刃の向きを返して
下から上へすくい上げることによって
相手の下半身に致命傷をおわせるものである。


実際、長大な武蔵の櫂によって
頭部を強打されて意識を失いながらも
反射的に、小次郎の振り下ろされた剣は
上方へすくいあげられていた。

剣が武蔵の額に迫るほどであれば
小次郎の返した剣の刃は
武蔵の体に到達しているはずだった

しかし武蔵は、ここで戦略家として
瞠目すべき攻撃と守りを見せている。
長大な櫂を相手の頭部に振り下ろす瞬間
「燕返し」の来るのを見越して
片手を離して体を横に反らせたのである。

ここで両者の武器の長さの
30cmという差が生きたのである

武蔵という人は、小次郎と闘う以前から
既に二刀流の使い手だったが、
これは両腕の筋力が人並み以上で
あることが前提であって、
その二刀流的な発想で

船の櫂を相手の頭部に打ち込む瞬間に
片手打ちに切り替えたのである


それを普通の剣と同様な
スピードと強さで打ち下ろした
武蔵の胆力は、やはり恐るべきものと
いうことができるが、

遅刻の件といい、武器の選択といい
ここまで徹底して相手の攻撃を研究し
相手の力を殺ぎ、
自身の力を最大限に発揮して
勝利を得た宮本武蔵という人は
やはり大変な戦略家だということになる

一般に、柔道などの日本の武道では
精神論というものが言われることが多いが
その象徴として語られる

宮本武蔵の試合への対応方法は
小次郎との戦いに見られるように
相手のすべてを研究しつくし
試合時の情況に応じて変化する
徹底的に具体的、実証主義的なものであり
精神論的な要素は微塵もない


にもかかわらず、
そのひとつひとつを丹念に積み重ね
日々、飽くことなく鍛錬と模索を行うところに
最終的に人を寄せ付けないような
峻厳な精神性が生まれるということに気付く


彼の遺した「五輪書」には、
具体的な戦法、兵法が
様々な局面から語られているが、
そのほとんどについて常に
「よくよく鍛錬すべし」「研究すべし」「吟味すべし
という言葉で終わっているのは、単なる偶然ではない

言い換えれば、無限の鍛錬と実証が
ある時点で高い精神性を獲得するということ
を示していると考えるものである

(上記記事は、新人物往来社編「宮本武蔵七つの謎他参照

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