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zoom RSS 胸を張れ、日本柔道選手団(ロンドン五輪)−「50は0にも100にもなる」

<<   作成日時 : 2012/08/13 10:55   >>

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オリンピックを見るということは
自分が日本人であるという限りにおいて
その時点での日本人というものを
考える機会であるということである

世界中から集結する
海千山千のつわもの達の中で
日本を代表するアスリートが
自分の置かれた状況の中で
どのように考え、行動するか
興味はつきないところである

かつてある外電に
「柔道は日本が唯一、
複数のメダルを獲得できる競技である」
という一節があった

多少の変動はあるにせよ
女子の48kg級から男子の90kg超級まで
複数の階級に各男女が参加するこの分野では
それがたとえ、金ではなかったとしても
陸上競技におけるアメリカのように
大量のメダルを見込める
日本の唯一の分野だった

しかし、今回のロンドンでは事情が違った

金は女子57kg級の松本薫選手だけ
男子はついに金メダルが0に終わる
金以外でも多くの種目で
メダルを手にするとこができなかった
結果として男女あわせて金1、銀3、銅3
という数字は、いかにも寂しい

日本はいうまでもなく、柔道のメッカであり
層も厚く、オリンピックで勝つよりも
代表になる方がむずかしいと言われてきた

しかも今回、これまで不当な審判で涙を呑んだ
過去の経験を払拭してくれるような
審判以外のビデオ判定制度が導入され
さらになんといっても
力の強い外人選手が得意とし
日本人が苦杯を舐める要因となってきた
直接的な「足取り」が禁止され、
日本の選手には極めて有利な状況が
あったはずだった

にもかかわらず、なぜ、こういうことになったのだろう?

原因については色々な憶測がなされるが
今回の大会で気付いたことがひとつある

それは金以外のメダルを取った選手の多くが
「金以外では意味がありません」
と言って、顔をこわばらせていたことだ。
またメダルに手が届かなかった選手も
金をとることだけを目標にしていたので残念です・・」
と「金」への強いこだわりを示していたことだ

このような現象はもちろん、今に始まったことではなく
柔道の「本家」である日本の代表選手には
金を取ることが至上命令のような雰囲気は以前からあった。

しかし、「金」というのは真の勝利者へ与えられる称号であり、
真の勝利者というのはその強靭な力によって
他を圧倒する者のことであるはずなのだが

今回のように、「金」への渇望だけが前面に出ながら
それに対応する圧倒的な強さを示す
胸を揺さぶられるような試合が
今大会において非常に少なかったというのも
また事実だった

一方、日本選手が金以外のメダルに対して
まったく嬉しそうな表情を示さないのに対し
敗者復活戦などでなんとかかんとか
銅メダルを取った外国選手達の多くが、
喜びを全身に表し、時に畳を降りたあと
観客席の家族の処にまで駆け上って行って
涙とともに抱き合うというシーンを
何度も目にすることがあった


このあまりにも対照的な状況から
同じ銅でありながら
日本においてはそれほどの価値がなく
他国の人人においては千金の価値がある
ということを思い知らされる

そして、これは100という物を求めて
50しか得られなかった場合
はたしてこれを失敗と呼ぶか
一応の成功と判断するかの価値観の相違というものを思う

誰もが100を求めている

しかし、0しか得られなかったのならともかく
50を得たということは、
これはそれなりの価値があるはずだった

しかし、実際に手にした50について
これを0だと評価するということになると
手にした物は50どころか、本当に0になってしまう
逆に50を得て、これに限りない感謝の言葉を表明すれば
50は、100にも1000にもなる


柔道の序盤、なかなか金が取れず
銅や銀を獲得した選手が
異口同音に、不本意の意を表明したが
これが後続の階級の選手達に
重圧となってのしかかったのではないかとさえ
考えるものである

それでは今回、優勝候補とみなされながら
メダルに手が届かず敗退していった
多くの選手達の場合はどうだろう

長らく谷選手の影に隠れて
やっと悲願の出場を果たした福見選手
国際経験豊かなエース穴井選手
そういった方々は今、どんな思いで
今回の大会を振り返っているのだろう

誰もが100を望んでいる

しかし、50を得ても不本意とする世界において
50は0と同じであるとするならば
0しか得ることができなかった場合
0は限りなくマイナスになってゆく


限りないマイナスになってゆくということは
どういうことだろう


それは無限に過酷なマイナスのエネルギーが
当事者を射抜くということである
重要なことは、それがたとえマイナスであっても
強力なエネルギーに変わりない
そしてそれがエネルギーである限り
ある時点で、
当事者自身のプラスのエネルギーへと変換する

従って受けたマイナスの
エネルギーが大きければ大きいほど
プラスに変換するエネルギーもまた強大なものとなる

言い換えれば、積年、抱き続けてきた夢を失い、
悔し涙と共にロンドンを去っていった選手達には、
早晩、失ったより以上の栄光を手にいれることになる
状況が待っているということである


そういう意味において彼らは、今回の大会において
我々が想像する以上の物を手にして
帰国の途についたのだと考えるものである


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